おおた区報WEB版 令和8年7月15日号〔トップページ・特集〕

更新日:2026年7月15日

特集

坂をひも解き、街を知る

坂のある風景は、ふしぎに浪漫的で、のすたるぢやの感じをあたへるものだ。
坂を見てゐると、その風景の向うに、別の遙かな地平があるやうに思はれる。
特に遠方から、透視的に見る場合がさうである。
萩原朔太郎はぎわらさくたろう 散文詩『坂』より抜粋

坂を紐(ひも)解き、街を知るについての画像

区内には個性のある坂がたくさんあります。暮らしの身近にある坂を紐解き、この街のまだ知らない一面を一緒に見つけましょう。

大森エリア

大森エリアについての画像

(1)通行はご用心?昼間でも暗い闇坂くらやみざか

闇坂(くらやみざか)についての画像
かつて坂の側には八景園はっけいえん(注釈)の樹木が生い茂り、昼間でも暗かったことからこの名前がついたと言われています。
区内に居住していた詩人の萩原朔太郎はぎわらさくたろうは、中学生からカメラを愛用しており、彼が撮影した闇坂の写真が現存しています。
(注釈)明治17(1884)年、大森に開園した遊園地。広さが約一万坪あり、郊外随一の遊園地として有名であった

大森駅前の坂道 野口武久(のぐちたけひさ)編『萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)撮影写真集-完全版-』についての画像
大森駅前の坂道 野口武久のぐちたけひさ編『萩原朔太郎はぎわらさくたろう撮影写真集-完全版-』みやま文庫より
(注釈)水と緑と詩のまち前橋文学館提供

(2)かつての絶景スポット八景坂はっけいざか

八景坂(はっけいざか)についての画像
区指定史跡
現在の池上通りの坂。昔は相当な急坂で、雨水が流れるたびに坂が掘られ、薬草を刻む薬研やげんの溝のようだったことから「薬研坂やげんざか 」と呼ばれていました。その後坂上からの眺望が素晴らしいことから、「八景坂」と呼ばれるようになったと伝えられています。

八景坂(はっけいざか)についての画像

(3)池上本門寺九十六段の石段坂 此経難持坂しきょうなんじざか

石段坂 此経難持坂(しきょうなんじざか)についての画像
区指定有形文化財
慶長年間(1596から1615)に日蓮宗の熱心な信者だった加藤清正かとうきよまさが寄進した坂と伝わる石段を持つ坂道です。「此経難持」とは法華経見宝塔品 ほけきょうけんほうとうほん(注釈1)に説かれる偈文げもん (注釈2)の一句で4語×かける24節の96語からなることから石段も96段で構成されています。
(注釈1)日蓮が最も重んじた経典である法華経の宝塔の章
(注釈2)仏の功徳くどく経理きょうりを称賛する詩

歌川広重(うたがわひろしげ)(二代)「池上」『江戸名勝図会(えどめいしょうずえ)』についての画像
歌川広重うたがわひろしげ(二代)「池上」『江戸えど名勝図会めいしょうずえ
(注釈)大田区立郷土博物館所蔵

田園調布エリア

田園調布エリアについての画像

(4)桜坂さくらざかに桜が植えられているのはなぜ?

桜坂(さくらざか)についての画像
かつてこの坂は急勾配であったため「沼部の大坂」と呼ばれ、荷車などの通行は大変だったと言います。大正12(1923)年に行われた改良工事により、勾配が緩やかになり、昭和5(1930) 年に昭和天皇即位記念として、地元の有志らによって桜が植樹されたことから、「桜坂」となりました。

(5)大山坂おおやまざかは滑り台の名残だった

大山坂(おおやまざか)についての画像
田園調布せせらぎ公園内にある「大山坂おおやまざか」は、かつて多摩川園の人気遊具であった滑り台 「大山すべり」の跡地につくられた坂です。多摩川園は大正14(1925)年に開園した遊園地で、同時期の沿線案内パンフレットの表紙には大山すべりが描かれており、人気であったことが伺えます。

大山すべり昭和6(1931)年についての画像
大山すべり昭和6(1931)年
(注釈)大田区立郷土博物館所蔵

東急横浜電鉄・目黒蒲田電鉄沿線案内パンフレット昭和5(1930)年についての画像
東急横浜電鉄・目黒蒲田電鉄沿線案内パンフレット昭和5(1930)年
(注釈)大田区立郷土博物館所蔵

(6)急坂きゅうざかは上った後に振り返って景色を楽しもう

急坂(きゅうざか)についての画像
大正末期の耕地整理によってできた坂道と言われており、その名の通り急勾配の坂です。「五丁目の急坂」とも呼ばれており、地域の目印のような存在となっています。

コラム

坂道の地形と遺跡の切っても切れない関係!?

坂道を歩くと、地形の起伏を感じることができます。人々は長い歴史の中で、こうした地形を活かしてきました。例えば、坂道の両側の高まりには、古墳時代の終わり頃(7世紀頃)、横穴墓よこあなぼ というトンネル状のお墓が造られました。区内では田園調布や山王など坂道の多い地域を中心に、270基以上確認されています。また、多摩川駅から多摩川台公園へ向かう急な坂道の先には、古墳時代の首長たちが静かに眠る、都内でも有数の古墳が複数存在しています。多摩川を一望できる見晴らしの良い高台を、当時の有力者も墓域の特別な場所として選んだのでしょう。公園内には、古墳のイメージを体感できる展示室があります。坂道から古代のロマンを肌で感じ、歴史に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

多摩川台公園内の10基の古墳についての画像
多摩川台公園内の10基の古墳

横穴墓(よこあなぼ)のイメージ(模型)についての画像
横穴墓よこあなぼのイメージ(模型)

多摩川台公園古墳展示についての画像
多摩川台公園古墳展示室

多摩川台公園をイメージしたイラスト

問合先 郷土博物館 電話:03-3777-1070 FAX:03-3777-1283

未来をつくるおおたアクション!

坂の多さを特徴として捉え、魅力を発信する取り組みを行っています

大田区はちょうど武蔵野台地の東端にあたり、区の北西部は、荏原台、田園調布台、久が原台と呼ばれる台地で占められており、坂道の多さは区の特徴の一つとなっています。日常生活で何気なく利用する坂道一つひとつには個性があり、歴史があります。坂道を紐解いて、この街のまだ知らない一面を一緒に見つけましょう。

問合先

問合先 広聴広報課広報・シティプロモーション担当 電話:03-5744-1132 FAX:03-5744-1503

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